私が障害を負った原因と当時の住宅価格

最新の新築住宅を建てたのに……
平成4年3月(1992年)に、岐阜県西濃地方の田園地帯にある団地の一角に建てた住宅は大手一流ハウスメーカーの最新のものでした。一年ほどかけて何度も図面を書き直して完成させた初めての住まいはとても満足のいくものでした。当時、ほとんど全てを合板で造った家に何の疑問も持たなかったのです。建築費も、収納や凝った内装もないのに高額でした。ところがこの住宅で大変な事態を招くこととなったのです。

シックハウスを知る

そこにいくと2時間ほどで、咳(喘息症状)・目の充血・かゆみ・動悸が起き、引っ越すことができないまま7年ほど経過しました。不思議なことに、家から離れると30分ほどで症状が治まるのです。それは名古屋に古い家を借りたままになっていたので分かったことでした。その頃からマスコミで『ホルムアルデヒド』という言葉を聞くようになり、やがて『シックハウス症候群』が騒がれるようになったのです。そこで本を買って調べたり・研究者に室内空気の分析をお願いしたり・シックハウスの仲間と連絡をとりあったり・インターネットで告発したり・霞ヶ関に仲間と陳情に出掛けたりして、規制強化と被害者救済に力を注いだのです。多くの犠牲の結果、平成15年(2003年)7月1日に【改正建築基準法】が成立されました。住宅に使用される化学物質に不十分ながら規制がかけられるようになったのです。※現在の建築材料や工法はこれをきっかけに改善されています。

身体障害を負った理由

ところが、気温の低い頃や長時間いなければ一時的な症状だったものが、ある時に悪化してしまい『気管支炎』になってしまいました。2〜3歩、歩くだけで呼吸ができなくなってしまったのです。そこで緊急入院して『ステロイド治療』をしたのですが、その副作用が10カ月後に右股関節に出て『特発性大腿骨骨頭壊死症』(美空ひばりさんと同じ病気)になったのです。そのために自営業も自主廃業するはめになりました。手術をしましたが、7年経過した平成20年より歩行困難な状態で、再手術の必要が迫っています。なお、ハウスメーカーとは和解し、問題の家はメーカーが買い戻しました。

建築データ

建築場所:岐阜県西濃地方

建築工法:柱のない木質パネル工法

家の階数:2階建て

間取り:4LDK・納戸1・パントリー(食品庫)

延べ床面積:約158m2(約48坪)

建築費用:約3,400万円(税・付帯工事・諸費用含む)※坪単価、約70万円

家の形態:住居専用

家のスタイル:洋風

完成引渡日:1992年(平成4年)春


この建築の計算書を見る(土地の代金、約1,200万円も含まれています)


シックハウス症候群になった住宅

シックハウス症候群 画像 表玄関。シンプルな洋風スタイルは窓位置にも注意を払ってレイアウトしたのです。
シックハウス症候群 画像 南面のベランダは大きく余裕を持たせたデザインにしました。

左右対称にして、中央のアクセントには当時まだ高価だった『ボウウインドウ』を用いました。

土地は約90坪ですが、田舎なので安価だったのです。
シックハウス症候群 画像 1階にはベランダを支える柱をドッシリと構えてありますが、下地は合板でできています。サイディングやタイルを張ると立派です。

左の窓は和室・右2つの窓はリビングになっています。
シックハウス症候群 画像 ライトアップした状態。

いかに、完成が嬉しかったかがお分かりと思います。

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